亜塩素酸水を活用した乳牛の皮膚消毒技術を実証
~消毒作業の効率化を目指して~
2025年3月4日
ニュースリリース
古河産業株式会社(本社:東京都港区、代表取締役:伊藤啓真)は、北海道大学大学院獣医学研究院での研究において、畜産分野における亜塩素酸水の有効性を検証するため、データ収集のサポートなどを行いました。 本研究の成果を基に、畜産分野での新たな用途開発や実用化へとつなげていきたいと考えています。
以下北海道大学プレスリリース
ポイント
- 亜塩素酸水を用いた乳牛の新たな皮膚消毒法は、従来法と同等の消毒効果を発揮。
- 新たな皮膚消毒法は、従来法よりも工程が少なく、作業時間を短縮。
- 動物医療現場での消毒作業の効率化や、動物の拘束時間短縮につながる可能性。
概要
北海道大学大学院獣医学研究院の市居 修教授、中村鉄平准教授、難波貴志助教らは、乳牛の手術前消毒における新たな可能性を拓きました。研究チームは、古河産業株式会社の研究員と共同で、これまで手間と時間を要していた乳牛の皮膚消毒の効率化に成功しました。
従来、乳牛の開腹手術では腹部側面を使用し、手術前には毛刈り、ブラシと液体石鹸による皮膚洗浄、ヨードスクラブ、ポビドンヨードとアルコールによる消毒という一連の作業が必要でした。しかし、牛の広い腹部を対象とするこれらの作業は、術者にとって大きな負担となり、手術時間の長期化にもつながっていました。
そこで研究チームは、食品の消毒にも用いられる「亜塩素酸水(注1)」の有用性に着目しました。北海道大学北方生物圏フィールド科学センターで飼育されている乳牛を対象に、毛刈り、ブラシと液体石鹸を用いた皮膚洗浄後、亜塩素酸水を噴霧する(5~15分の曝露時間)という新たな消毒法を試験的に導入し、従来の消毒法との効果を比較検証しました。具体的には、毛刈り後、洗浄後、消毒後の3段階で一般細菌数、腸球菌、緑膿菌、大腸菌、ブドウ球菌属の細菌数を測定しました。
その結果、亜塩素酸水を用いた新たな消毒法は、従来法と同等の消毒効果を発揮することが明らかになりました。さらに、工程数の削減により、作業時間の短縮にも成功しました。この成果は、亜塩素酸水が乳牛の手術前消毒において、有効かつ効率的な代替手段となり得ることを示唆します。今回の研究成果は、今後の動物医療現場における消毒作業の効率化をもたらし、術者の労力軽減だけでなく、動物の拘束時間の短縮にも貢献すると考えられます。研究チームは今後、亜塩素酸水による消毒法の応用と発展を目指しており、獣医療の質の向上に貢献することが期待されます。
なお、本研究成果は、2025年2月26日(水)公開のFrontiers in Veterinary Science誌に掲載されました。
【背景】
人医療と獣医療の両分野において、手術部位の消毒は感染リスクを最小限に抑えるために不可欠な処置であり、ポビドンヨード、クロルヘキシジングルコン酸塩、アルコールなどが広く用いられています。これらの消毒剤は、ヨウ素イオンの酸化作用、殺菌作用、タンパク質凝固作用といったメカニズムを通じて、その消毒効果を発揮します。
獣医療で対象とする産業動物、特に乳牛などの体表には被毛が豊富に存在し、土壌や排泄物などの有機物に汚染されやすい状況にあります。そのため、産業動物獣医療の手術においては、バリカンによる毛刈り後の皮膚の洗浄と消毒が重要な工程となります。従来の皮膚消毒法では、ブラシと界面活性剤を用いた皮膚洗浄、水での洗い流し、ヨードスクラブやクロルヘキシジンによる洗浄、そしてポビドンヨードやアルコールを基剤とした消毒剤の噴霧という手順が採用されてきました。
しかしながら、これらの従来法は時間と労力を必要とするため、より迅速、簡便、かつ高い消毒効率を達成できる方法論が求められてきました。一方で、従来法に代わるような画期的な消毒法はなく、実用化には至っていません。そこで本研究では、有機物が豊富に存在する環境下でも比較的安定性が高いとされる「亜塩素酸」に着目し、その手術部位消毒における有効性を検証しました。
【研究手法】
本研究では、北海道大学北方生物圏フィールド科学センターで飼育されているホルスタイン種の乳牛を対象に、手術部位の消毒における亜塩素酸水の効果を検証しました(図1)。実験は乳牛の手術部位としてよく用いられる側腹部(腰傍窩や膁部(けんぶ)とも呼ぶ)を対象とし、春(3月)と夏(8月)に実施しました。実験手順として、側腹部をバリカンで刈毛し、ブラシと液体石鹸で洗浄し、水で洗い流しました。消毒方法については、従来法として7.5%ヨード剤スクラブ、10%ポビドンヨード、70%アルコールを組み合わせて使用する群を設定しました。一方、新たな方法として、亜塩素酸水(1,000~8,000ppm)を5、10、15分と接触時間を変えて適用する群を設定し、消毒効果を比較検討しました。細菌数の測定は、1)刈毛後、2)液体石鹸での洗浄後、3)各消毒処理後の計3時点で行い、一般細菌、腸球菌、緑膿菌、大腸菌、ブドウ球菌属を指標としました。採取したサンプルを生理食塩水で希釈し、各種寒天培地で培養することで、それぞれの条件下での生残菌数を測定しました。さらに、手術部位を覆い、無菌状態を保つために使用される滅菌ドレープ(注2)の有無が、消毒効果にどのような影響を与えるかについても評価しました。また、10%ポピドンヨード、70%アルコールまたは亜塩素酸水(8,000ppm)を15分間作用させた乳牛皮膚の組織変化を顕微鏡で観察しました。
【研究成果】
結論として、亜塩素酸水を用いた新しい消毒法は従来法(ヨードスクラブ、ポビドンヨード、アルコールの組み合わせ)と同等の消毒効果を持つことが明らかになりました(図2)。
1.被毛と皮膚の細菌数
季節に関係なく、一般細菌やブドウ球菌属が多く、被毛には、6×log10コロニー形成単位(CFU)(注3)/100g、毛刈り後の皮膚で、6×log10CFU/100cm²以上の一般細菌が検出されました。これは、乳牛の被毛や皮膚に多くの細菌が付着していることを示しています。一方、液体石鹸による洗浄により、皮膚の一般細菌、腸球菌、ブドウ球菌属は有意に減少しました。この結果は、石鹸による洗浄は細菌を減少させるために重要な術前工程であることを示していました。10%ポピドンヨード、70%アルコールまたは亜塩素酸水(8,000ppm)を15分作用させた乳牛皮膚に顕著な組織変化はみられませんでした。
2.消毒方法の比較
液体石鹸による洗浄後、従来法及び亜塩素酸水を用いた新しい消毒法は、ブドウ球菌属をさらに有意に減少させました。特に、亜塩素酸水(8,000 ppm)の接触時間を5、10、15分と変えて検証した結果、いずれも効果的な細菌数の減少が確認されました。
3.ドレープの効果
乳牛の手術は、牛舎や野外環境で行われることがあります。このような環境では、空中落下細菌による術野汚染を防ぐために、ドレープによる術野の被覆が有効です。ドレープの使用は、従来法、亜塩素酸水10分条件、亜塩素酸水5分条件の消毒効率を有意に向上させました。これは、ドレープと消毒法の組み合わせがより効果的な術野消毒法であることを示しています。
本研究では、新たな乳牛の術野消毒技術として、毛刈り、液体石鹸による皮膚洗浄、ドレープによる術野被覆、亜塩素酸水噴霧(8,000ppm、5分)の処理で従来法と同等の消毒効果が得られ、かつ消毒作業時間を短縮させる可能性を示しました。
【今後への期待】
本研究成果は、亜塩素酸水を用いた新しい消毒法が、乳牛の手術における術前消毒の時間短縮と効率化に大きく貢献する可能性を示しています。この新しい消毒法の導入によって、獣医療現場における作業負担の軽減、さらには手術を受ける動物のストレス軽減が期待されます。今後の課題としては、他の動物種(馬、豚、犬、猫、実験動物など)への応用性を検証する必要があります。実際の臨床現場での長期的な効果の評価、特に手術部位の感染発生率を従来法と比較することが不可欠です。さらに、亜塩素酸水との接触による長期的な評価、感染部位への適用の是非も重要な検討課題です。
今後の研究の進展により、亜塩素酸水を用いた消毒法がさらに普及・発展し、獣医療の質の向上だけでなく、畜産業全体の生産性向上にも大きく寄与する可能性があります。
【謝辞】
本研究の遂行にご協力いただいた北海道大学北方生物圏フィールド科学センターの職員皆様に深く御礼申し上げます。
論文情報
論文名 | Application of chlorous acid water for disinfection of surgical site in dairy cows (乳牛の術野消毒における亜塩素酸水の応用) |
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著者名 | 市居 修1、2、中村鉄平1、平石真也1、難波貴志1、Md. Zahir Uddin Rubel1、梅山拓也3、浅井めぐみ3(1北海道大学大学院獣医学研究院、2北海道大学One Healthリサーチセンター、3古河産業株式会社) |
雑誌名 | Frontiers in Veterinary Science(獣医学の専門誌) |
DOI | 10.3389/fvets.2025.1444674 |
公表日 | 2025年2月26日(水)(オンライン公開) |
お問い合わせ先 | 北海道大学大学院獣医学研究院 教授 市居 修(いちいおさむ) TEL: 011-706-5187 FAX: 011-706-5188 メール: ichi-o@vetmed.hokudai.ac.jp URL: 北海道大学大学院獣医学研究院 |
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配信元 | 北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目) TEL: 011-706-2610 FAX: 011-706-2092 メール: jp-press@general.hokudai.ac.jp |
【参考図】


【用語解説】
(注1) 亜塩素酸水 … 飽和塩化ナトリウム溶液に塩酸を加え、酸性条件下で無隔膜電解槽内で電解し、硫酸を加えて強酸性とし、塩素酸に過酸化水素水を加えて得られる薄い黄緑の透明な液体。食品添加物として指定され、精米、野菜、果実、鮮魚介類、食肉などに対して殺菌料として使用される。有機物の存在下でも殺菌効果を発揮する。
(注2) ドレープ … 手術時に動物の体を覆うカバー。術野を清潔に保つために使用される。
(注3) コロニー形成単位(CFU) … ある量の微生物(細菌など)が固体培地上で形成するコロニーの数。
本件に関する問合せ先:
広報・デジタル室
E-mail:fsk.info-ec@furukawaelectric.com